女子48キロ級決勝でウクライナのダリア・ビロディド(右)に敗れ、健闘をたたえ合う渡名喜風南=日本武道館

 日本武道館で行われている柔道の世界選手権。

 軽量級は日本のお家芸である。中でも女子48キロ級といえば、日本では谷亮子が君臨した階級であり、誇りと実力を兼ね備えたクラスである。

 ところが、その階級にウクライナから逸材が現れた。ダリア・ビロディド、18歳。

 両親が柔道家だったビロディドは、身長172センチと、この階級では考えられないほどの上背がある。

 昨年の世界選手権で初優勝し、すべての階級を通じて世界選手権の史上最年少優勝の記録を更新した。

 そして今回、来年の東京オリンピックの舞台ともなる日本武道館で、ビロディドは実力をいかんなく発揮した。

 今回の決勝で対戦したのは、日本の渡名喜風南。渡名喜は序盤から積極的な姿勢を崩さず、ビロディドを場外に押しやり指導を二つ奪ったが、ビロディドは渡名喜の一瞬の隙を突き、払い腰で技ありを奪うと、そのまま逃げ切り連覇を飾った。

 今回、ビロディドの柔道を見て「これはものが違う」と思った。

 軽い階級において、高身長はもろ刃の剣になりかねない。なぜなら、脚が長いことで組み手が不安定になり、スピードのある選手と対戦すると揺さぶられることが多いからだ。

 ビロディドは組み手では渡名喜に主導権を握られたが、体幹が安定しており、決定的なチャンスを与えることはなかった。

 何か、天性のしなやかさを感じさせた。そしてまた、足技が切れる。

 払い腰、大内刈り、そういった足技で崩してからの寝技への移行と、とても18歳とは思えない錬成度を誇る。

 その強さを示すデータがある。ビロディドは、今回の渡名喜との対戦を含め、日本の選手に対しては全勝なのである。

 日本にはこうしたタイプの48キロの選手は滅多に登場しないから、対策がしづらいという背景もある。

 今後、年齢を重ねるにしたがって階級を上げていく可能性があるが、東京五輪だけではなく2024年のパリ五輪、2028年のロサンゼルス五輪まで日本勢の前に立ちはだかりそうなポテンシャルを感じる。

 ビロディドには谷亮子が打ち立てた数々の記録を破り、偉大な柔道家になる可能性がある。

 特にヨーロッパでは「谷の再来」という声が高く、モデル並みの美貌も相まって人気も高まっている。

 今回、世界選手権をめぐる報道やテレビ中継を見ていると、どうしても日本を中心とした構成になっており、ビロディド登場の意味についての言及が少ない。

 これは柔道に限らず、地元開催のオリンピックを控えた日本メディアの現状である。

 しかし、ビロディドのように勢いがあり、将来的にビッグネームへと成長する可能性を持つ選手については、しっかりと目配りをしてほしいと思う。

 そうしないと、世界の中での日本の立ち位置を見失いかねない。

 かつては、世界選手権ともなれば、もっとバランスの取れた報道がされていたものだが…。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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